ジブンマトメブログ

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考えないで楽しめれば

それが一番幸せなのかと苦労した後思ったが、どうやら違うらしいw

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「以前巨人にいた清原和博阪神藤川球児と対戦したときに、藤川が勝負どころでフォークボールを投げて三振をとられたことに対して、『おまえ、それでもキンタマがついてんのか!』と激昂したのは有名な話である。しかしこれは勘違いもはなはだしい。
 清原クラスのバッターに対して、バッテリーがストレートで勝負しないのは当たり前のことである。ストレートはあくまでも見せ球に使い、勝負球には変化球を用いる。これが配球のセオリーだ。
 そこで変化球に翻弄されたバッターは、どうすれば変化球が打てるようになるかを必死に研究し、苦手克服に打ち込むようになる。またバッテリーの配球を分 析し『読み』の精度を高める努力をする。一方バッテリーも、相手バッターが配球を読むようになってきたら、今度はその裏を読む配球でバッターを打ち取ろう とする。こうした『知力』と『知力』を尽くした戦いが本来の野球のおもしろさであり、奥深さである。
 ところが清原は、どんな場面でもストレートを待っていた。その結果、変化球に対応できず、空しくバットが空を切る場面を私は何度も見てきた。
 おそらく彼は、天性の素質だけで野球をやってしまったのだと思う。本来清原は、その才能を持ってすればホームラン王や打点王を何度獲ってもおかしくない 選手だった。それが結局新人王のタイトルを除けば無冠の帝王で終わってしまったのは、『考える野球』を最後までしようとしなかったからだ」

「もしかしたら清原にとっては新人王を獲り、順風満帆にプロ野球人生をスタートさせたことが、かえってあだとなったのかもしれない。新人の年、清原は高卒 ルーキーとしてはいずれも史上最高となる打率3割0分4厘、31本塁打、78打点をマークした。だがもし彼がこのとき壁にぶち当たっていたとしたら、『高 校時代までとは違って、プロの世界では天性の素質だけでやっていくことはできないんだ』と気づいたことだろう。するとその後の野球に対する彼の姿勢もまっ たく違ったものになったはずだ。つまり清原はもっと若いときに苦労をするべきだったのだ」

「野球が単に力と力の勝負になってしまったら、力のない者には勝ち目はなくなる。力のない者でも『思考』を働かせることで強者にも勝ち得ることが野球の面白さであったはずなのに、その妙味が失われつつあるように思えてならないのだ──」

 

無理やり置き換えるならば海がピッチャーでサーファーがバッターみたいなもんだ。

楽な板で考えないで楽しみてーよという思いと、もっと精度を上げろという思いが拮抗する。